| ワークショップ『地球ロールプレイ』 - 地球にとっての『お金』の意味(3/14) |
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このワークショップの前半では、「地球」になっていただくためのウォーミングアップをしました。地球誕生から現在までの46億年の思い出をスライドとCGで振り返りながら、46億年の記憶を呼び覚ましました。 後半では、『お金』の歴史、『お金』が地球に与えた影響を振り返り、地球にとっての『お金』について捉えました。最後に、「地球」のみなさんから人類へ『お金』についてのメッセージを発表しました。 プログラム
参加者の声
補足資料:お金(貨幣)について小学館の国語大辞典では、「お金(貨幣)」のことを次のように定義しています。 商品の交換・流通を円滑にするために、一般的な媒介物。計算尺度、価値尺度、支払い手段、価値貯蔵手段、貸借の目的物などの機能がある。現在では、金貨、銀貨、銅貨、紙幣などが流通している。 大昔の人々は、物々交換をしていたはずです。ところが、文明の発達に伴って、取り扱い商品が増えると、物々交換をしている場合ではなくなってきたのでしょう。つまり、元々お金は「物々交換の代わりの単なる交換手段」でしかなかったはずです。 それが、上記の定義のように、お金は様々な機能を持つようになります。 ここでは、お金の起源と機能について補足説明します。 お金の起源人類史上初のお金は、物々交換に限界を感じた人たちが、価値を表すために使った「貝殻」や「石」のような天然のものだったとされています。 「貝殻」や「石」ではその価値を担保できないという問題があったため、お金は穀物や家畜などの物品に移行します。私たちは英語で給料のことを「サラリー(salary)」と言います。 その起源はラテン語の「塩(sal)」で、古代ローマ帝国で兵役についた市民に塩で給料を払っていた名残です。 また、江戸時代の藩の財政規模を、例えば「加賀百万石」のように表現しました。 これは「石高」、つまり「米の生産量」が経済指標として用いられていたことを示しています。 青銅、銅などによる鋳造貨幣が登場するのは、紀元前7世紀のリディア王国(現トルコ)でした。 鋳造貨幣がそんなに早く登場したことを考えると、物品貨幣が長く続いたのが不思議に思うかもしれません。 その理由は、鋳造貨幣の額面価格と鋳造コストが一致していたことに関係があります。 現在のコインは、1円玉を除いて、鋳造貨幣の額面はそのコストよりも安価です。 つまり、鋳造貨幣の額面価格をそのままで金属の品質を落としたら、即インフレーションものです。 鋳造貨幣が信用できないとなると、やはり貨幣代わりの物品が要ります。 しかし、現在の私たちの感覚なら、
と思うでしょう。 その通り。足りなくなったのです。 だからと言って、物品も流通量に限度があります。 そこで、登場したのが「紙幣」でした。最初の紙幣は、11世紀の宋(現中国)で登場しました。 紙幣と言っても、現在でいう「手形」のようなもので、民間の会社が発行していました。 ところが、これが便利だということで、その会社と無関係な取引にも使われるようになっていったのが、紙幣の起源です。 今日のように各国の中央銀行が発行する銀行券のことを「紙幣」と定義するようになるのは、近代国家誕生後のことです。 現在の紙幣は、当然ながら額面価格よりはるかに安いコストで作っています。 近代国家誕生後、紙幣が普及するようになって、貨幣でもそれが受け入れられるようになっていったというわけです。 お金の機能お金には、大きく「価値交換」、「価値尺度」、「価値貯蔵」の3つの機能があります。 価値交換前述の定義で言えば、「支払い手段」のことです。例えば、バナナの対価となるお金を渡すことで、その所有権、利用権を得ることができるということです。 価値尺度計算尺度や価値尺度とは、物の価値を比較するための単位です。例えば、ある八百屋さんではフィリピン産バナナは200円だけど、台湾産バナナは250円というように、その価格で価値を比較しやすくする機能を「価値尺度」と言います。 価値保存「価値保存」とは、「価値貯蔵」とも言い、「時間が経過しても価値が変わらない」という意味です。例えば、ある八百屋さんがバナナ1盛り200円で売っていたとします。今日売れ残ったバナナは、翌日には200円の価値はありません。150円の値札が貼られていることでしょう。しかし、お金は傷みません。 「昭和50年の100円玉は傷んでいるから100円として使えない」ということはありません。昭和50年の100円玉も、平成20年の100円玉も、私たちは100円の価値があると信じて使っています。このことを「価値保存」と言います。 「お金」の機能のうち、この「価値保存」が曲者です。なぜなら、この機能は
という状況を作り出しているためです。 お金の自給率「お金の自給率」とは、「地域からの出費に占める地域への収入の割合」のことです。 地方に暮らす方は、海外で作られた商品を東京に本社を持つ会社のチェーン店で買うケースが多いでしょう。 そのため、多くの地方では出費のほうが収入より多くなります。つまり、お金の自給率は100%未満になります。 これだと、地域にお金が足りなくなるはずです。地域にお金が足りなくなれば、当然お金が集まるところに人も集まってしまい、大都市圏と地方の格差は広がる一方になります。 したがって、本来ならば地域の「お金の自給率」の差を縮めることが、地域活性化の根幹あり、そのための金融政策の根幹でもあります。ところが、現在の政治家は、そんなことに微塵も気を留めず、相変わらず公共事業で土建屋を食わせることぐらいしか考えていません。 それでは、政治でもダメなお金の自給率向上をいったいだれに期待すればよいのでしょうか? 私は、その候補に地域金融機関を挙げます。「そんなのナンセンスだ」と思うかもしれません。 そこで、200年前の話をしましょう。江戸時代の話です。 当時も東京(江戸)一極集中が続いていました。当時の日本の人口は3000万人程度なのに、江戸は100万人も住む大都市でした。それにもかかわらず、どうして当時の関西は関東に拮抗する力があったのでしょうか。 その一因には、関西と関東で通貨が異なったことがありました。 現代人の感覚なら、東京にお金が流れれば当然人も流れると考えます。しかし、当時は通貨が異なっていました。 それぞれで通貨の流通量を変え、為替を調整することで、人の流れとは別にお金の流れをコントロールすることができました。 だからこそ、地域にお金を循環させ、地域はお金の自給率、そして活力を維持することができました。 私は、ここにヒントがあると考えています。
そう考えると、既存の地域金融の仕組みでも、「お金の自給率」の維持に利用できるのではないでしょうか。 |
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